JR武豊線の終点武豊駅、旧武豊駅跡に残る転車台(#^.^#)

1月に訪れていて、半田駅は書いたのですが、武豊は忘れてました(^^ゞ
1月なのでディーゼルです、名古屋行き直通区間快速。もちろん、3月になったので、今は電車が入ります。
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もう少し南へ行くと、現在の線路の終端があります。
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10年前の地図を見ると、さらに南へ貨物専用線が伸びています。

なお、武豊線の歴史を振り返っておきます。武豊町の観光協会の記載より:

 明治のはじめ、日本の近代化を推し進めるため、東京と大阪を結ぶ幹線鉄道の建設が計画され、この建設資材の運搬を目的に武豊線が明治19年(1886)に開通しました
 知多湾の衣ヶ浦は一年を通して海が荒れることが少ない天然の良港として認められていました。大型汽船が停泊できる水深もあり、大量の物資運送に最適であったため、武豊港と熱田を結ぶ運送用鉄道線路33.2kmが建設されたのです。武豊港は海運と陸運をつなぐ重要な拠点となりました。

…この辺りの海(衣ヶ浦)は、三河湾からさらに入り込んだ入り江です。三河湾でも伊勢湾よりも波静かなイメージなんですよ。

なお、明治19年に開業したときの武豊駅は、現在の駅からさらに南、歩いて10分ぐらいのところにありました。
そこに「転車台」が残されています。
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この転車台の特徴は十字に交差してることだそうです。これは珍しいらしいです。

周りがちょっとした公園として整備されています。私が来た時には自転車で立ち寄った人が一人いました。知多半島を自転車で回るとけっこう楽しげなコースになります(*^。^*)
そして、説明の石碑。
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この転車台の説明。同じく武豊町観光協会から:

 起点の武豊停車場は油槽所や穀物倉庫からの荷を運ぶ貨車を移動させるため2台の転車台が設置され、このうち1台が旧国鉄時代の産業遺産として今も保存されています。明治25年(1892)に停車場が現在の武豊駅に移転され、客車はここからの起点となり現在へ引き継がれています

こんなものも、さりげなく?置いてあります。
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さらに南からですが、衣浦湾口、寒いけれど穏やかな日でした。名鉄河和口の潮干狩り場(昔は海水浴場)です。
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海が近い、ということです。対岸は中部電力碧南石炭火力発電所です。

JR武豊駅近くの電気屋さん、だったよね。自販機発見(#^.^#)
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当然、使用不可能。まあ、昭和の遺物ということです。日立は珍しいんじゃないかな。大抵、Nationalでしょ。

これを書いていて知ったのですが、木造の橋りょう時代の形の橋台もあるということです。武豊駅から北へ1kmぐらい。現役です。知っとれば立ち寄ったのに(>_<) 三度、観光協会。

 武豊線は明治19年(1886)、関東から関西への幹線鉄道を新設するため資材輸送用に作られたので、完成後の撤去を前提に橋りょうは全て木造でした。橋りょうとは河川や道路を鉄道が横断するための構造物の総称。開通直前に客車の運行も許可されたため、木製の橋りょうは順次鉄橋に改築され、明治24年(1891)までに完了しました。今に残るこれらの橋りょうは日本で最も古い部類に属する貴重な鉄道文化遺産です。

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この記事へのコメント

鷲尾悦也
2019年05月24日 22:38
武豊駅

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