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zoom RSS 定時制高校の状況の変遷

<<   作成日時 : 2015/02/15 19:29   >>

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こんな記事をネットで見つけました。

旧校舎の定時制記念碑、常滑高に移設(2月15日 中日新聞)

 統廃合で閉鎖された旧常滑高校の校舎(常滑市奥栄町)にあった定時制の記念碑が、現在の常滑高(同市金山)に移され、十四日、現地で移設披露の集まりがあった。

 記念碑は旧常滑高の夜間定時制が一九九八年に廃止されたことを受け、正門から校舎へ向かう坂の途中に建てられた。夜の教室にともる明かりをイメージして「ともしび」の碑文が刻まれている。定時制の一期生が考案した。定時制の開閉校の年や卒業生の数が刻まれ、伊勢湾の海と魚を題材にした陶製の装飾も施されている。

…私自身が大学卒業後、平成にちょうどなったところで「定時制高校」に放り込まれた人です。
なお、次の年からは「初任者研修」が始まったので、定時制高校みたいな小規模で、研修を新人の先生におこなうことが不可能になったので、新任で定時制に放り込まれた「最後の」世代です(>_<)
1年目の研修で30名ぐらい同じ科目の人がいましたが、定時制は私ともう一人だけでしたけれどね(笑)

私は尾張の珍しく「単独校」の定時制高校でした。
私が来た時で1年生は普通科2クラス80名の募集
ただ、3,4年生で「衛生看護科」つまり、准看護学校と併修するので、2年次終了で准看護士を持っている子たちのクラスが1クラス残ってました。

普通科の方も、昭和の後期には1学年4クラスあったそうです。繊維工業の盛んな地域だったので、地方から繊維工場の寮に入って働きながら、高校卒業を目指す。
それだけのクラス数があったことから、当時は単独校だったのです。
戦後から昭和が終わるころまでの定時制高校は、建前通り、働きながら学ぶところ。

でも、何年かしたら、「併設校」になっちゃいました。
平成の1ケタのころは、来るのは主に「ヤンキー」、表向きは「やんちゃな子」たち。
当然に、全日制高校普通科では入試で落ちる子たち、当然です(笑)
それも減少して、1クラス募集になりました。

2年前からかな、その定時制高校も2クラス募集に定員を増やしました
つまりは、全般に定時制高校への志願者が増えてきている。

中学校不登校などの子の進学先になってきたのです
特に、家庭が貧しい子たちの大事な高卒を得させるための学校。
お金があれば、アニメ、外国語、レクレーションなどの魅力をひっさげる民間の通信制高校があまた出来ています。

他の定時制高校で教えて見えるかたの話をちらっと聞く機会がありましたが、印象深いのが、「辞めない」(中退しない)
なので、クラス編成が大規模クラスにせざるをえないし、施設で言えば「給食室」に、全員が入れなくなりそうだ。

ハコものはすぐには対応できないでしょうし、苦しいところだと思います(>_<)

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